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2019/02/05

育児休業後の有期雇用契約への変更、その後の雇止め等が無効とされた例

フードシステム事件
(東京地裁 平成30年7月5日判決、労経速第2362号3頁)

♢♢事案の概要♢♢

1 原告Aは、平成24年4月1日に被告会社と雇用契約(雇用期間について争いがあったが、本判決は無期雇用契約であると認定した。)を締結し、事務統括(主任)の役職に就いた。 Aは、第一子出産のため平成25年6月1日から出勤せず、平成26年4月14日から再度就労を開始した(上記不就労期間について争いがあったが、本判決は一旦退職したとの被告の主張を退け、産前産後休暇及び育児休業期間であると認定した。)。Aと被告会社は、平成26年7月2日付で、雇用期間を同年4月14日から同年8月31日とするパート雇用契約を締結した。なお、Aは、同年4月14日以降、事務統括の役職から外れた。
 Aは、第二子出産のため平成27年5月から産休を取得し、平成28年4月に復職した。 被告会社は、平成28年8月20日ころ、Aに対し、雇用契約について、同年8月末日をもって期間満了により終了させるとの通知をした。
2 Aは、妊娠、出産を契機として降格され、退職強要等を受けた上、有期雇用契約への転換を強いられ、最終的に解雇されたため、降格、有期雇用契約への転換及び解雇はいずれも無効であるとして、被告会社に対し、①事務統括としての雇用契約上の権利を有することの確認、②解雇後の賃金等の支払いを求めるとともに、被告会社と被告である取締役Cに対し、③本件解雇等が雇用契約上の就労環境整備義務違反または不法行為にあたるとして、解雇時までの未払事務統括手当、未払賞与及び慰謝料の支払い等を求め、提訴した。
3 本件の争点は多岐にわたるが、主として、①被告会社による平成25年2月のAに対する事務統括からの降格の肯否、②Aと被告会社との間で平成26年4月に締結したパート契約の有効性、③被告会社による平成28年8月の原告に対する解雇又は雇い止めの有効性、④被告会社・CのAに対する債務不履行及び不法行為の成否である。

♢♢判決の要旨♢♢

1 平成25年2月の事務統括からの降格の肯否について
 Aが産休に入って以降の事務を円滑に進めるため、後任の事務統括を決めた上で、Aに仕事の引継ぎを行わせていた経緯が認められ、妊娠を理由として事務統括から降格させたと認めることはできない。

2 平成26年4月に締結したパート契約の有効性について
ア 育児のための所定労働時間の短縮申出を理由とした不利益取扱いは、育児休業法23条の2に違反するものとして違法であり、無効である。もっとも、労働者の自由な意思に基づく合意により労働条件を不利益に変更した場合には、事業主単独の一方的な措置により労働者を不利益に取り扱ったものではないから、違法、無効であるとはいえない。
イ 有期雇用のパート契約への変更は、長期間の安定的稼働という観点から相当の不利益を与えるものであり、賞与や事務統括手当の支給がなくなる等経済的にも相当の不利益を与える。
 Cは、Aに対し、勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと説明したものの、従前の無期雇用の嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと、事務統括手当の不支給等の経済的不利益について十分な説明をしていないこと等の事情から、パート契約への変更がAの自由な意思に基づいて行われたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできない。
ウ したがって、パート契約の締結は育児介護休業法23条の2に違反し無効である。

3 平成28年8月31日の本件解雇または本件雇止めの有効性について
 上記②を前提とすると、平成28年8月31日付の契約終了通知は、期間の定めのない雇用契約を終了させる解雇の意思表示となるが、本件解雇は、Aが殊更に被告会社を批判して他の従業員を退職させたとは認められないこと、Aが他の従業員のパソコンを使用した理由は違法又は不当なものとまではいえないこと等の事情から客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、労働契約法16条により無効である。

4 債務不履行及び不法行為の成否について
 第一子出産後の時短勤務の希望を容れず、パート契約社員へ雇用形態を変更したことは育児介護休業法23条の2の不利益取扱いにあたり、不法行為を構成する。
 第二子妊娠に際し、多くの従業員の前でAが退職する旨発表したことは、Aに対して退職を強要する意図をもってしたものであり、労基法65条、男女雇用機会均等法9条3項に違反する違法な行為であり、不法行為を構成する。
 本件解雇は、それ自体に理由がないことに加え、産休、育休取得を認めないという明白な違法行為について雇用均等室の指摘を受けた後に解雇に及んだという事実経過に鑑みれば、妊娠に伴う正当な権利主張をしたAについて、正当とは認められない形式的な理由により排除しようとしたものと認められるから、男女雇用機会均等法9条3項の禁止する不利益取扱いに当たり、不法行為が成立する。

5 結論
 以上より、事務統括たる期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、本件解雇以降の月例賃金及び事務統括手当の支払い、並びに、不法行為に基づく損害賠償として平成26年4月以降支払われるべきであった事務統括手当相当額17万円、慰謝料50万円等の支払い等の請求を認容し、主文のとおり判決する



2018/11/12

育休・産休を取得した従業員が、使用者側の言動によって精神疾患になったと認め、
休職期間満了による退職扱いを無効とした例

コメット歯科クリニック事件
(岐阜地裁平成30年1月26日判決、労経速第2344号3頁)

◇◇事件の概要◇◇
1 本件は、休職期間満了により退職扱いとされた原告が概要以下の請求を行った事案である。①休職の原因となった疾病(うつ病)が業務上の傷病に当たり、療養のための休業期間中において退職扱いとしたことに対する地位確認及び賃金請求、②労働局に対する虚偽報告等を理由とした懲戒処分(減給)の無効を主張した賃金請求、③①の退職扱いについて不法行為に基づく損害賠償請求、④②の懲戒処分について不法行為に基づく損害賠償請求、⑤原告の産休・育休取得に対する嫌がらせがあったとしての不法行為に基づく損害賠償請求
2 判決では、休職の原因となったうつ病につき、業務上の疾病と認めて、本件における退職扱いを無効とし、懲戒処分についても懲戒事由が認められないとして無効と判断した。加えて、退職扱い、懲戒処分、及び⑤で主張する行為の一部につき不法行為に基づく損害賠償請求を認容した

◇◇主文◇◇
 1 原告が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する
 2 328万円余の未払賃金等の支払い
 3 毎月21万円余の賃金等の支払い
 4 不法行為(一般退職扱い)に基づく110万円の損害賠償金等の支払い
 5 不法行為(違法な懲戒処分)に基づく55万円の損害賠償金等の支払い
 6 その余の請求(産休・育休に対する嫌がらせに対する損害賠償)を棄却

◇◇判決の要旨◇◇

1 本件懲戒処分の有効性
 本件懲戒処分は、そもそも被告らが処分の基礎とした懲戒事由①労働局に対する虚偽の報告等、②育児休業を終了した日以降の6日間の無断欠勤存在するとは認められない。また、仮に、被告らの主張する懲戒事由たる事実の一部やそれに類する事実が認められるとしても、減給という比較的重い本件懲戒処分に見合うような悪質性は認められない
 したがって、本件懲戒処分は、無効であるというべきである。

2 精神疾患発症の業務起因性の有無
 (1) 勤務条件の変更の提案について
被告らの勤務条件の変更(就業時間の短縮、月給制から時給制へ)の提案に対し、原告は、労働局に相談したりした上で、一貫して拒絶の意思を示しているにもかかわらず、被告らは、度重なる勤務条件の変更の申し入れをするとともに、原告の譲歩の必要性を説いているところ、原告は、これらの被告らの対応によって、一定程度の精神的負荷を受けたものと考えられる。
 (2) 原告の業務に関する対応について
被告副院長が、本件クリニックの歯科技工士らに対し、原告に対して技工指示書を渡さないように指示したことは、原告が被告らによる勤務条件の変更の提案を受け入れなかったことや、労働局に相談したことに対する制裁的な意味合いを有するものであったと評価することができる。また、本件クリニックにおける従前と同様の勤務条件での勤務を希望する原告にとっては、本件クリニックで従事できる業務がなくなったと認識させかねない出来事であったと考えられるから、原告に対しては相当程度の精神的負荷を生じさせるものといえる。
 (3) 本件懲戒処分について
本件懲戒処分についての説明の際、本件クリニックの従業員らを証人としたことによって、原告と被告らとの間の紛争の存在及びその内容が本件クリニックの従業員らにも明確に伝わる可能性が高まったことからすれば、本件懲戒処分に係る一連の被告らの対応によって、原告が相当程度の精神的負荷を受けたものというべきである。
 (4) 朝礼における被告院長及び副院長の訓示について
被告院長及び副院長が、本件クリニックの朝礼において、原告を名指しするなど直接的に原告に係る話題を持ち出した事実は認められないが、訓示の内容や訓示がされた時期等に鑑み、少なくとも平成27年2月16日の朝礼における被告副院長の訓示、同月27日以降の朝礼における被告院長の訓示については、原告の本件精神疾患発症の原因として捉えられるべき事実と評価するのが相当である。
原告は、被告らの行為によって精神的負荷を受けており、かつ、原告がもともと精神疾患を発症していなかった上、精神疾患を発症させるようなその余の事情が認められないことからすれば、これらの精神的負荷の積み重ねによって、原告が本件精神疾患を発症したものと優に推認することができる。
以上によれば、原告の精神疾患の発症には、業務起因性が認められる。

3 共同不法行為ないし使用者責任の成否
 被告副院長の各行為のうち、①原告の有給休暇の取得を拒絶したこと、②原告に対して技工指示書を渡さなかったこと、及び③朝礼において原告を非難する目的と評価できるたとえ話をし従業員らに挙手を求めたこと、については不法行為が成立する。
 被告院長は①につき最終の決定権者と認められ、②につき指示を出していたものと認められるため、被告院長につき共同不法行為が成立する。また、③について、被告院長は使用者責任を負う。

4 懲戒処分の違法性
 本件懲戒処分は無効であり、被告院長には本件における懲戒事由の不存在につき過失が認められる。よって、被告院長が行った懲戒処分は違法であり、不法行為を構成する。

5 本件退職扱いの違法性
 本件退職扱いは、原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものであって、無効である(労基法19条1項類推適用)。  その事に加え、原告の退職日の取扱いにつき一貫性がないこと、休職事由該当性の有無について特段の検討もしていないことからしても被告院長の行った退職扱いは違法であり、不法行為を構成する。 



2018/11/09

定年後再雇用契約の賃金が、労働契約法20条に違反しないとされた例

Ⅰ 学究社事件
 (東京地裁立川支部 平成30年1月29日判決、労経速第2344号31頁)

◇◇事案の概要◇◇

 定年後再雇用(賃金処遇は定年前に比べ少額であった)された原告が、①再雇用契約による賃金と定年退職前における賃金との差額分についての未払賃金、②定年退職前における割増賃金(なお、予備的に同額の不法行為に基づく損害賠償も請求している)の請求を行った事案である。②については、(1年単位)変形労働時間制の有効性、及び消滅時効の成否も争点となった。
 判決では、①については再雇用契約定年退職に伴う新しい契約であるとしたうえで、原告の請求を棄却し、②については、変形労働時間制は有効、また消滅時効は成立したと判断したうえで、一部認容した。

◇◇判決の要旨◇◇

1 再雇用期間の労働条件
 原告と被告との間の再雇用契約は、それまでの雇用関係を消滅させ、退職の手続をとった上で、新たな雇用契約を締結するという性質のものである以上、その契約内容は双方の合意によって定められるものである。
 原告は、定年退職前の労働条件を前提とした再雇用契約が成立した旨主張するが、原告が主張する労働条件での合意が成立したとは認められない。
 また、(定年退職前と退職後)両者の間には、その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に差があると言わざるを得ず、労働条件の相違は労働契約法20条に違反するとは認められない。

2 原告の実労働時間数
少なくとも平成26年2月以降のX校のenaタイム(生徒が講師に分からないところなどを自由に質問できる制度)は、午前11時から実施されていることが認められ、実施した各日につき1時間(合計48時間)の時間外労働が認められる。
 入試応援(生徒の受験日に受験校の校門前で生徒に対して激励を行うこと)、及び応援後の業務(受験生への対応、試験分析等)として、被告が認める実労働時間に加え合計14時間の時間外労働があったことが認められる。

3 変形労働時間制の適用の有無
 X校においては、就業規則記載の手続に則り、被告と従業員代表との間で1年単位の変形労働時間制に関する労使協定が締結されていること、同協定では、対象労働者の範囲、対象期間、特定期間、対象期間中の労働日及び当該労働日ごとの労働時間、有効期間について定められていること、そのうち特定期間並びに対象期間中の労働日及び当該労働日ごとの労働時間は、同協定届に添付されている各勤務カレンダーのとおりとする旨定められており、同協定届には、原告の勤務形態であった日曜日及び月曜日を休日とする勤務カレンダーを含め、様々な休日のパターンの勤務カレンダーが添付されていること、労使協定については、労働基準監督署に届けられていること、被告においてはすべての正社員につき1年を単位とした変形労働時間制が採用されていたこと、勤務カレンダーは年初に交付されるとともに、被告の校舎内で掲示されていたことがそれぞれ認められ、変形労働時間制についての法が定める要件を充たしている。

4 不法行為の成否
 不法行為に基づく損害賠償請求の中身は、結局のところ、雇用契約に基づく未払賃金請求と同一であり、未払賃金として認定した以上の金額について不法行為に基づく損害賠償請求を認めるような特段の事情は存在しない。
 よって、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は認められない。

5 消滅時効の成否
 平成27年5月28日、過去に発生した時間外労働に対する未払賃金全てにつき催告をし、同日から6ヶ月を経過する前の同年11月27日に本件訴訟を提起している。そうだとすれば、平成25年4月分(同年5月25日支払分)の未払賃金については、消滅時効が成立していると認められる。

Ⅱ 五島育英会事件
 (東京地裁 平成30年4月11日判決、労経速第2355号3頁)

◇◇事案の概要◇◇

 定年退職後に有期労働契約を締結して就労した原告が、当該有期労働契約に基づく賃金が定年退職前の期間の定めのない労働契約に基づく賃金の約6割程度しかないことは期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違であると主張して、①主位的に労働契約に基づき差額分の未払賃金等の支払い、②予備的に民法709条に基づき差額相当額の損害賠償を求めた事案である。

◇◇判決の要旨◇◇

1 本件労働条件の相違は、無期労働契約を締結している労働者である専任教諭の労働条件については本件専任職員就業規則及び本件給与規程が適用される一方、定年退職後の労働条件については本件嘱託等就業規則及び本件定年規程が適用されることにより生じたものであるから、労働者が締結している労働契約の期間の定めの有無に関連して生じたものであると評価することができる。

2 労働条件の相違が不合理であるか否かについては、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して、当該労働条件の相違が当該企業の経営・人事制度上の施策として不合理なものと評価されるか否かを判断すべきものと解される。

3 退職年度における退職前後の専任教諭と嘱託教諭との間で①職務の内容に差異がない。また、②職務の内容及び配置の変更の範囲ついて見るに、被告において所属や職種の変更を命じられること自体が極めて希であったということができる上、実際に退職年度の専任教諭が当該年度中に所属や職種の変更を命じられた例も証拠上認められないことからすれば、業務上の必要により所属や職種の変更を命じられることがある旨の規定の有無をもって、当該職務の内容及び配置の変更の範囲の差異として重視することはできないというべきである。
 退職年度の専任教諭については、それ以外の一般専任教諭と比べて、職務の内容が軽減されながらも基本給等の水準がそれと連動して引き下げられることはないという特殊な状況にあるといえ、この点は、職務の内容に関連する③その他の事情として、本件労働条件の相違の不合理性を否定する方向で考慮すべき事情であるというべきである。

4 本件労働条件の相違は基本給、調整手当及び基本賞与の額が定年退職時の水準の約6割に減じられるというものであって、その程度は小さいとはいえない。
 しかし、年功的要素を含む賃金体系においては就労開始から定年退職までの全期間を通じて賃金の均衡が図られていることとの関係上、定年退職を迎えて一旦このような無期労働契約が解消された後に新たに締結された労働契約における賃金が定年退職直前の賃金と比較して低額となることは、それ自体が不合理であるということはできない。
 また、嘱託教諭の基本給等を退職前の約6割に相当する額とする旨定めた本件定年規程件組合と被告との合意により導入されたものである。労使間の交渉及び合意を経て導入されたことは労使間の利害調整を経た結果としてその内容の合理性相当程度裏付けるべきものとして考慮するのが相当である。
 本件労働条件の相違は、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情に照らして不合理と認められるものとはいえないから、労契法20条に違反するということはできない。




2018/8/2

労働契約法20条に違反するか否か、が争われた事件

 

 労働契約法20条は、「 有期労働契約 を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と 期間の定めのない労働契約 を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該 労働条件の相違 は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、 不合理 と認められるものであっては ならない 。」と規定し、いわゆる「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」を定めている。

  労働契約法20条に違反するか否かが争われた最近の事件を紹介します。

 

Ⅰ 九州惣菜事件・・・労働契約法20条違反を 肯定

 (原審:福岡地裁小倉支部 平成28年10月27日判決)

 (控訴審:福岡高裁 平成29年9月7日判決)

 (上告審:最高裁第一小法廷 平成30年3月1日判決)

 

【事案の概要】

 期間の定めのない従業員として勤務していたAが、その 定年退職にあたり、九州惣菜株式会社から、 定年後の再雇用として、勤務日が週3日または4日、 給与水準が従前の約25%となる パートタイマー契約を提案されたが、これを 拒否して、 合理的期待に基づく フルタイムでの雇用契約が成立したと主張するとともに、これが認められないとしても、同社が賃金について著しく低廉で不合理な労働条件の提示しか行わなかったことが、 不法行為に当たるとして、 損害賠償を請求した事案である。

 

【判旨】

1 原審

 原告の請求を いずれも棄却する。

2 控訴審

 (1) 控訴人の 主位的請求棄却部分に対する本件 控訴を棄却する。

 (2) 控訴人の 予備的請求を棄却した部分を、被控訴人は、控訴人に対し、 金100万円を  支払うよう変更し、その余の予備的請求を棄却する。

3 上告審

 (1) 本件 上告棄却する。

 (2) 本件を上告審として 受理しない

 

【争点及び裁判所の判断】

1 争点(1) 原告に 労働契約上の地位が認められるか否か( 主位的請求)について

【原審】

 原告は、平成27年3月31日をもって被告を 定年退職したものであり、結局のところ 再雇用にも至らなかったのであるから、原告が被告との間の 労働契約上の地位にあると認めることは できない

【控訴審】

 本件では、具体的な労働条件を内容とする定年後の労働契約について、明示的な 合意が成立したものと認めることはできないし、就業規則等の定めや当事者の意思解釈をもって個別労働条件についての 合意を見出すこともできないから、控訴人の 主位的請求(労働契約上の権利を有する地位の確認請求及び賃金請求)についてはいずれも 理由がない

 

2 争点(2) 被告が不法行為責任を負うか否か(予備的請求)について

(1) 労働契約法第20条違反等を主張する点について

【原審】

 本件提案における労働条件が、労働契約法第20条に反する 不合理なものと認めるには 至らない

【控訴審】

 控訴人は、再雇用契約を締結していないから、本件はそもそも労働契約法第20条の適用場面ではない。また、再雇用契約について契約期間の定めの有無が原因となって構造的に賃金に相違が生ずる賃金体系とはなっておらず、定年前の賃金と本件提案後における賃金の格差が、労働契約に「期間の定めがあることにより」生じたとは直ちにいえない。そうすると、いずれにしても、本件提案が、労働契約法20条に 違反するとは 認められない

 

(2) 公序良俗違反等を主張する点について

【原審】

 高年法は、高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的としたもので、65歳未満の定年を定めている事業主に対して、65歳までの安定した雇用を確保するための措置として、一定の公法上の義務を課すものであるが( 同法第9条)、 事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件の雇用を義務付けるものではない

 本件提案のようなパートタイムでの再雇用は、被告においても前例のないものであったが、他方において、定年前に原告が担当していた業務については、新たな求人をすることなく、既存の従業員で賄うことができているのであるから、原告の定年前と同一業務での再雇用を確保するために、原告の勤務時間を減らして提案することも不合理とまではいえない。

 以上のほか、原告の定年後の生活状況等や 高年法第9条の趣旨を踏まえても、本件提案が、被告の 合理的裁量を逸脱したもので、 公序良俗に反するとまでは 認められない

【控訴審】

 本件提案は、フルタイムでの雇用を希望していた控訴人を短時間労働者とするものであるところ、本件提案から算出される賃金は、月給ベースで定年前の約25%にとどまるものであり、 定年退職前の労働条件との継続性・連続性を一定程度確保するものとは到底いえない。したがって、本件提案が 継続雇用制度の趣旨に沿うといえるためには、そのような 大幅な賃金の減少を正当化する 合理的な理由が必要である。

 この点につき、被控訴人は、店舗数の減少という事情を挙げるが、かかる店舗減少による影響は限定的であると解されることや、法改正後相当程度の期間が経過しており、この間に控訴人の希望に応じて本社事務職の人員配置及び業務分担の変更等の措置を講じることも可能であったと考えられること等からすると、 月収ベースで約75%の減少につながるような 短時間労働者への転換を正当化する合理的な理由は見出せない

 以上から、被控訴人が、本件提案をしてそれに終始したことについては、 継続雇用制度の導入の趣旨に反し、 裁量権を逸脱又は濫用したものとして 違法性があるものといわざるを得ず、 不法行為を構成するものと認められる。

 

(3) 不法行為の損害

①逸失利益

 本件に顕れた諸事情を総合しても、本件提案がなければ、控訴人と被控訴人が、退職前賃金の8割以上の額を再雇用の賃金とすることに合意した 高度の蓋然性があると認めることはできず、合意されたであろう賃金の額を認定することは困難である。よって、被控訴人の上記不法行為と相当因果関係のある逸失利益を認めることはできない。

 ②慰謝料

 他方、①本件提案の内容が 定年退職前の労働条件と継続性・連続性を著しく欠くものであること、②他方で、 店舗数の減少を踏まえて本件提案をしたことには それなりの理由があったといえることに加え、③ 遺族厚生年金等の受給扶養親族がいないといった事情に照らせば、本件提案の内容は 直ちに控訴人の生活に破綻を来すようなものではなかったといえること、④その他(控訴人の勤続年数等)の諸事情を考慮すれば、慰謝料額は 100万円とするのが相当である。

 

 (4) 就業規則違反等を主張する点について

【原審】

 証拠上、その主張に沿う慣行があったとも認められないのであり、その主張を採用することはできない。

 

 (5) 協議をしなかった等と主張する点について

【原審】

 結果的に協議は不調に終わったものの、一定の労使交渉が重ねられたとみることができるのであり、被告のこれら対応をもって、直ちに不十分・不合理なものであるということはできない。

 

 

 

Ⅱ 大阪医科薬科大学事件・・・労働契約法20条違反を 否定

 (大阪地裁 平成30年1月24日判決)

 

【事案の概要】

 学校法人である被告において 有期雇用職員(時給制のアルバイト職員。所定労働時間は無期雇用職員と同じ)として事務に従事し、平成28年3月31日付けで退職した原告が、①原被告間の 雇用契約において定められた労働条件は、被告における無期雇用職員(正職員)の労働条件を下回っており、 労働契約法20条に違反するとして、 主位的には 無期雇用職員と同様の労働条件が適用されることを前提として、また、 予備的には労契法20条に違反する労働条件を適用することは 不法行為にあたるとして、 無期雇用職員との差額賃金等合計1038万円余の支払い、③被告が原告に対して労契法20条に違反する労働条件を適用していたことは 不法行為にあたるとして、 慰謝料等合計135万円余の支払い等を求める事案である。

 

【判旨】

 原告の請求を いずれも棄却する。

 

【争点及び裁判所の判断】

1 争点(1) 被告における正職員とアルバイト職員の労働条件の相違は、期間の定めがあることを理由とする相違にあたるか

【裁判所の判断】

 被告は、 無期雇用職員正職員有期雇用職員アルバイト職員と位置づけてそれぞれ 異なる就業規則を設け、 賃金その他の労働条件について異なる扱いをしているのであるから、無期雇用職員と有期雇用職員の相違は、 期間の定めの有無に関連して生じたものであると認めるのが相当である。

 

2 争点(2) 同相違は、不合理な労働条件の相違にあたるか

【裁判所の判断】

 (1) 賃金及び賞与

 原告と正職員との間には月額換算で約2割程度の賃金水準の相違があり、賞与の支給も含めた年間の総支給額を比較すると、原告の賃金水準は平成25年度新規採用職員の約55%程度である。もっとも、両者の 職務の内容や異動の範囲が異なること、当該アルバイト職員の努力や能力次第で 正職員として就労することが可能であること、賃金の上記 相違の程度が一定の範囲に収まっているといえること等を総合勘案すれば、原告が主張する賃金に関する相違が、 不合理な労働条件の相違であるとまでは いえない

 賞与について、一般的に賞与は月額賃金を補う性質を有しており、その支給については 正職員の雇用確保等に関するインセンティブとして 一定の合理性があるといえる一方、アルバイト職員については、 上記インセンティブが想定できないこと等から、有期雇用労働者に対しては、労働時間に応じて賃金を支払う方が合理的であると考えられる。したがって、賞与に係る相違は 不合理な労働条件の相違であるとまでは 認められない

 (2) 年末年始や創立記念日の休日における賃金支給

 年末年始の休日があった場合は、正職員の賃金は減少しないが、アルバイト職員の賃金が減少することになる。しかし、この点の相違は、月給制と時給制という 賃金制度の違いから必然的に生ずるものである以上、その結果として、かかる相違が生じたとしても、それ自体が 不合理なものであるとは いえない

 (3) 年休の日数

 原告が採用された同じ日に、仮に正職員として採用されていたとすると、年休の日数が1日少ないこととなるが、被告の正職員とアルバイト職員との間における年休日数の算定方法の相違については、一定の根拠がある上、年休の相違の日数は、原告の計算においても1日であることからすると、かかる相違が 不合理なものであるとは いえない

 (4) 夏期特別休暇

 被告の正職員については夏期に 5日間の夏期特別休暇があるのに対し、アルバイト職員については夏期特別休暇が存在しない。しかし、正職員は、フルタイムでの長期にわたる継続雇用を前提としており、正職員の年間時間外労働数が原告よりも170時間以上長い等、 両者の就労実態の差異に鑑みれば、かかる相違が 不合理なものであるとは いえない

 (5) 私傷病による欠勤

 正職員は私傷病で欠勤した場合、所定の期間について休職給が支払われるのに対して、アルバイト職員には、このような保障がない上、同保障の結果、正職員は私傷病で欠勤しても私学共済の加入資格を失わないのに対して、アルバイト職員は加入資格を失うことになる。しかし、 休職給を正職員に支払う 趣旨は、 長期にわたる貢献に対する評価や、 定年までの長期就労を通じて、 今後長期にわたって 企業に貢献することが 期待されることを踏まえ、 正職員の生活に対する生活保障を図る点にあると解されるところ、アルバイト職員については、 契約期間が最長でも1年間であって、被告において 長期間継続した就労をすることが当然に想定されておらず、両者の 就労実態は異なっていることからすれば、かかる相違は 不合理なものであるとは いえない私学共済の加入資格は、 法令によって定められているものであり、被告が設定している労働条件ではないことから、被告が設定した労働条件の結果、私学共済の加入資格の得喪が左右されるとしても、これをもって 不合理な相違とは いえない

 (6) 付属病院受診に対する医療費補助

 被告は、アルバイト職員を付属病院の医療費補助措置の対象者に含めない運用を行っている。この点、医療費補助制度が労働条件として発展してきたものでなく、謝礼や社会的儀礼としての側面も有するものであることに鑑みれば、医療費補助制度の運用自体は 恩恵的な措置というべきであって、雇用契約から当然に認められるものとまでは認め難く、その適用範囲等の決定については、被告に 広範な裁量が認められると解される。そして、アルバイト職員の職務内容等からすると、被告による医療費補助に関する上記運用が、被告の裁量権を逸脱又は濫用しているとはいえず、かかる相違は 不合理とは いえない

 

3 争点(3) 労働条件の相違が労契法20条に違反するとした場合における原告に係る労働 条件の内容如何

  争点(4) 仮に、労働条件の相違が労契法20条に違反するとした場合、被告に不法行為 が成立するか否か、被告に故意・過失があるか

  争点(5) 損害の有無及びその額如何

【裁判所の判断】

 争点(3)ないし( 5)について 判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。

 

 

Ⅲ 医療法人A会事件・・・労働契約法20条違反を 否定

 (原審:新潟簡裁 平成29年(少コ)第1号)

 (控訴審:新潟地裁 平成30年3月15日判決)

 

【事案の概要】

 病院や介護保険事業を運営する控訴人に非正規職員(事務職)として雇用されていた被控訴人が、雇用期間中、正規職員には冬期賞与として基本給2ヶ月分の賞与が支給されるのと異なり、非正規職員には冬期賞与として基本給1ヶ月分の賞与しか支給されないことは、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止を定めた労働契約法20条に違反すると主張して、冬期賞与として支給されるべき賞与と実際に支給された賞与の差額である基本給1ヶ月分の給与相当額17万円余等の支払いを求めた事案である。

 

【判旨】

1 原審

 原告の請求を 認容する。

2 控訴審

 (1) 本件控訴に基づき 原判決取り消す

 (2) 被控訴人の 主位的請求棄却する。

(3) 被控訴人の 付帯控訴に基づく当審における 予備的請求(不法行為に基づく17万50  00円の損害賠償請求)を 棄却する。

 

【争点及び裁判所の判断】

1 争点(1) 本件賞与条項が労働契約法20条で禁止されている不合理な労働条件に該当す るかについて

【控訴審】

 賞与には、一般に労働の対価としての意味だけでなく、 功労報償的意味及び 将来の労働への意欲向上策としての意味があるとされ、勤怠査定に基づいて算定される控訴人における正規職員の賞与についても同様の意味合いが認められる。 期間の定めがなく長期雇用を前提とし、 将来にわたる勤務の継続が期待される 正規職員に対し、労働に対する モチベーションや業績に対する貢献度の向上を期待して インセンティブ要素を付与することには、 一定の人事施策上の合理性が認められるから、期間の定めが有り、将来にわたる勤務の継続が期待される雇用形態となっていない非正規職員との間で相違を設けること自体が 不合理であるということは できないそして、控訴人においては、正規職員には、賞与を基本配分と成績配分に区分し、成績配分の額により支給総額が増減する仕組みとする一方、非正規職員には、個別労働契約によって支給額を定額化し、成績配分の額により支給総額が増減することのない仕組みとしているところ、かかる取扱いが不合理ということはできない。また、その相違の程度についてみると、控訴人において平成27年度に事務職員に対して支給された冬期賞与の額は、正規職員は平均で基本給2.1ヶ月分、非正規職員は一律で基本給1ヶ月分であり、その差額は基本給約1ヶ月分にすぎず、実際に非正規職員であった被控訴人に支給された冬期賞与と被控訴人が正規職員の常勤であった場合に支給される冬期賞与の差額は、17万5000円程度であり、控訴人によれば、被控訴人を常勤で採用したと想定した場合に得られる年間収入見込額と被控訴人が現実に得た収入額の差はほぼ賞与の差によるものであるところ、その割合は約8.25%というのであるから、賞与の前記目的に沿った相違として合理的に認められる 限度を著しく超過しているとは いえない。したがって、控訴人が、賞与について、正規職員と非正規職員との間で前記 相違を設定したことが 不合理であるとは 認められず労働契約法20条違反するとはいうことは できない

 

2 争点(2) 労働契約法20条に基づく賞与の差額請求の可否

  争点(3) 労働契約法20条に違反したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求 の可否

【控訴審】

 その余の争点について 判断するまでもなく、本件控訴は理由があり、被控訴人の主位的請求を認容した 原判決失当であるから、本件控訴に基づいて、原判決を取り消して被控訴人の 主位的請求棄却し、被控訴人の当審における付帯控訴に基づく 予備的請求は理由がないから、これを 棄却する。



2018/4/4

固定残業代が有効とされた例 泉レストラン事件:時間数の特定、超過分の精算実態がなくても固定残業代は有効とされた例 イクヌーザ事件:月80時間の時間外労働に対する基本給組込型の固定残業代が有効とされた例


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